整理整頓

断捨離は楽しい!でも捨てすぎるのにご用心?

こんにちは、のっぽです!

断捨離は一度やるとクセになります。
私は元々整理整頓が好きだったので、これに輪をかけて捨てることが大好きになってしまいました。

私の場合は捨てずに売ってしまいますが・・・。

断捨離して捨てすぎるのは病気かも

部屋は自分の心理状態を表すとも言われています。
つまり部屋が片付くと、自分の心の中も整理整頓出来るということです。

これが断捨離後の何とも言えないスッキリ感なのでしょうね。本当に心までが片付く感覚。

しかし誰もがそう上手くいくわけではなく、片付けが出来なかったり、物を溜め込んでしまうのは心の病気でもあります。

と、いうことは適度なものは良いとして、捨てすぎてしまう断捨離もまた、心の病気ということです。

病気だけど捨てるのが楽しい断捨離

私は今、一旦断捨離を終えて、数カ月経った今、またごそごそと片付け始めています。

それ以前にも仕事が休みの日には常に本棚とか空けてみては「いらないものはないかな?ちょっとでも物を減らそう」そうやって、空けては閉めてを繰り返していました。

いや、これは自分でも断捨離病にかかってるなと思いましたね。

 

とにかくいらないものを見つけたい、ちょっとでも部屋を広くしたい、気持ちを軽くしたい。

断捨離をしたことで、物が多いということはその分心に抱えてるもの、雑念に捕らわれている状態だと気付いたことで、とにかく自由になりたくて、ひたすら物を減らしたい衝動に駆られました。

でも病気なんですけどね、楽しいんです。断捨離。

ここまで入れ込んでしまうのは、一度味わってしまった心のスッキリ感・解放感が忘れられないせいです。

まあ、物を溜め込むよりも片付いてる方が良い気はしますが、やりすぎには注意ということです。

断捨離して様々なことが節約できたはずが・・・?

せっかく物を減らして、出掛ける際に無数にある服の中から選ぶのに取られてた時間や、探しものが見つからない時間、お掃除が楽になって空いた時間・・・・・無駄な時間の節約ができたはずが、

まだまだ断捨離する!と、片付いてしまってる部屋を徘徊することなってしまいます。

私のようになってしまいます。

私も同じ所を何度も確認しては、「捨てるものがないなぁ」と時間を無駄にしてばかりでした。

今にして思えば、捨てることでストレス解消したかっただけなんですよね。

でも現在でも捨てたい欲求はめちゃめちゃありますよ!
「早く部屋の物をなくしてしまわないと!」と、切羽詰まった感覚です。

震災を体験してから、物への意識が変わった

それというもの、長年大きな地震が来ていなかった大阪でも6月18日、最大震度6弱の揺れを体験しました。

因みにウチは震源地の隣の市なので、かなり揺れました。

津波等の心配はないにしろ、家屋倒壊の危険を感じましたね。もう本当に「死ぬ」と思いました。

本棚に転倒防止の為につけてた器具もぱっきりと割れて壊れました。プラスチック製だったので、仕方ないのですが、逆にそんだけの衝撃だったのかとゾッとしました・・・・。

でも私の部屋は大きな被害はありませんでした。プリンターや小物が崩れていた程度。

この時に「物が少なくて良かった・・・・・!」と思いました。そもそも崩れるものがない!

あと、もしも避難することになった時のため、リュックに必要なものだけを詰め込んでおこうと準備するにもあれもこれもとちょっとパニックになりました。(落ち着け)

いや、だってこうしてる間にもさらに大きい地震が来るかもしれないじゃないですか!

実際それ以降、大きな揺れは来ませんでしたが、かなりビビりながらリュックを抱えて右往左往してました。

 

そんな時、普段から大切なものは小さくまとめておいた方が良いなと思いました。

 

この地震大国である日本では、いつ震災が来るか分からないし、もしくは大雨が降って近くの川が氾濫するかも分からない。

そんな時、切羽詰まった状況で結局持ち出せるのはごくわずかな物だけ。

「なら、物を持っていたところで無駄だ!いや、逆に心残りになって逃げ遅れるかもしれない!」

そう確信して、物を減らしてそう、断捨離しよう、という気持ちが一層強くなりました。

断捨離で捨てすぎてしまったら・・・・・?

二度目の断捨離は、以前取捨選択した中で残した物をさらにふるいにかけていきます。

だから、もしかしたら捨ててしまって後悔するものも出てくる可能性があります。
つまり、捨て過ぎてしまうということ・・・・・。

 

 

でも、捨て過ぎたのならいっそ、ミニマリストを目指したら良いのでは?と思います。

 

捨て過ぎということは限度を超える、つまり断捨離を突き詰めて究極な状態になる・・・・・なら、それはもうミニマリストじゃん!ってことです。

やり過ぎ、捨てすぎを越えた先にあるものとは

なんでもやり過ぎは良くありません。ただそれは中途半端に終わるから後悔してしまうだけであって、それを超えた先には違うステージが待っています。

多分、常人には理解できないステージです。

 

世の中、果物のみで生きてる人もいるぐらいですからね。(スイカは水分の代わりになるそうです)

 

ミニマリストも一種の病気だと思います。周りもそう思うし、本人もそう思っていることでしょう。

でもそれが心地よいのであれば、何も引っ掛かりがなく自分らしいと感じるのであれば、その病気はその人に適応しているということでしょう。

 

私も、ミニマリスト病に適応できたら良いのですが、趣味が多いせいで、どうしても捨てられないモノが出てきます・・・(苦笑)。

 

大量のペンや画材、画用紙、スケッチブック、布、ボタン、小さな金具、お裁縫道具、レザー用の工具達・・・・もろもろ、これがなくなったら私のアイデンティティーが!!

ちょっと、自分と要相談ですね!

断捨離、捨てすぎるのはご用心・まとめ

断捨離はそれまで溜め込んできた自分の私物たちと向き合っていくことになるので、”人生を変える”という目的で始める方も多いかと思います。

大量の私物と同時に自分の心の中も整理整頓していくことになるので、片付いた分視界が広がり、本当に大切なモノが見えてきます。

 

と、ここまでが普通の断捨離。ここを越えると捨て過ぎによる後悔が起こるリスクと同時にもうひと段階上のレベルに上がる可能性も秘めています。

 

でも今の情報化社会を見る限り、物に最大の価値を置く人と、形なき情報を価値あるものとする人で分かれていくかもしれませんね。

 

物を大事にする人はコレクターとなり、たくさんの自分の好きな物に囲まれた豊かな心で過ごすことができるでしょうし、そのコレクションが専門性のあるものであれば、それごと自分をブランド化できそうです。

情報に価値を置く人は、これからの時代に適応しやすくなるのでは、と思います。最小限の必要なものだけを所有して、物には縛られない自由さと身軽さを生かして、色々経験して自分をどんどん強化していけそうですね。

 

どちらも突き詰めれば自分の糧とする道もありますね。

 

あなたはどちらが自分に合うと思いますますか?

 

ではでは、本日はこの辺で、ぜひまたよろしゅうに*